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第3章. 売り手側の知恵に頼るな、買い手側が知恵を絞れ

売り手都合のピークシフトプラン、BEMS

 最近、電力会社から様々なメニューが提案されています。例えば東京電力や関西電力が出している一般家庭向けの「ピークシフト型」プラン。夜中の23時から朝の7時までの深夜の電気料金が、通常料金に比べて5~6割もの割引割安になるものの、朝の7時から13時までと午後の16時から23時までは通常料金よりやや高め、昼過ぎの13時から16時までは通常料金の2~3倍近いという案です。いくら深夜の電気料金が安いといっても早朝7時以前と深夜23時以降だけでは、このプランを利用して得するようなライフスタイルに変更するというのはそうそう簡単ではないと思います。結局、このプランを選んでも、現状より値上げになるだけというのが関の山でしょう。オール電化の人以外にも夜型プランの選択肢を増やしたことは評価できますが、深夜時間の設定と時間帯別の料金設定、および基本料金額については今後見直しが必要だと思います。

 一方、事業者向けには、電力会社はいま、BEMSという取り組みをしています。BEMSとは「Building Energy Management System」の略で、ビル内で使用する電力使用量を計測・蓄積して、空調・照明設備等の接続機器の電力使用状況の「見える化」を図り、電力逼迫時に電力の負荷調整を行うエネルギー管理システムのことです。具体的には、電機メーカー・省エネ業者・電気工事店会社等がアグリゲーター(管理者)となりクラウドによる集中管理システムを構築して、BEMSに取り組む高圧500kW未満受電の中小ビルのお客様に対し、電力需要逼迫時に負荷調整を行います。電力会社は電機メーカー等からBEMSアグリゲーターを募集するとともに、事業者に対しては助成金を出して計測機器等の設置を進めています。BEMSが導入されるということは、電力会社の要請があればBEMSアグリゲーターによってピーク時に強制的に電気を止める仕組みが導入されることを意味しています。つまり事業者は設備投資に費用をかけた上に電力事情が悪くなったら決められた優先順位に従って、強制的に電気を止められてしまう可能性があるのです。電力逼迫に対しては日本全体で問題に取り組まなければならないこととはいえ、事業者側はお金を出した上に電力調整リスクが発生するという、事業者側へのインセンティブが極めて少ないこのBEMSという仕組みは、供給者都合の仕組みと言わざるをえません。経営者がBEMSに関与せずに、電気技術者に任せっきりでは、経営的な判断なしに契約してしまうこともあり得る訳です。強制的に電気が止められる可能性があることを理解し、尚且つ経営にマイナスを生じない方法を作った上でやらないと大きなマイナスになる可能性があります。

 このように「ピークシフト型」プランにせよ、BEMSにせよ、電力供給側の提案は売り手都合の仕組みに思えて仕方ありません。更に先日、東京電力が、契約期間中は現契約料金で電気を買えるのに、それを言わないで値上げ交渉をしたことが新聞で報じられました。「過剰な電力契約をしている大会社が多い」という事実もあります。供給側は、利用者にとって必要な情報を必ずしも教えてはくれないのです。

 日本全体としてピーク時の電力削減が目標となっていますので、そのことへの対応は必要ですが、経営的な視点で考えると供給側の言いなりではなく、利用者は自分たちで考えて自分たちにメリットのある対策を考える必要があるのです。特定規模需要供給条件をしっかりと読み、仕事のやり方を見直して電力量を変えずに仕事と電力をスライドするといった対応が今回の節電要請に対する賢いやり方だと思います。

電力ピークと電気基本料金

 ここではピークスライドの経済性について考えてみたいと思います。ピークスライドを実施したとしても、使用する電力量自体は取り組み前と変わらない為、電気料金に大きな変化がないと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。取り組み次第で電気料金が大きく変わってきますので、そのことを説明します。

最初に電気料金の仕組みの確認です。毎月支払っている電気料金の内訳は、

「電気料金」=「基本料金」+「使用量料金」

となっています。「使用量料金」は電気の使用量に応じで支払う部分ですので、ピークスライドを実施して電力の使用時間をスライドしても料金は変わりません。一方「基本料金」については、「ピークスライド」を実施することで料金の削減が見込めます。なぜなら、「基本料金」の算出方法は、30分ごとの平均使用電力(kW)を計算・記録し、過去1年間の最大値を取って契約電力とその電力に対応する電気基本料金を決めているからです。

図5:電気基本料金の算出方法


出典:「経営に活かせる電気の知識(関西電力)」

つまり1年間の、あるタイミングでの僅か30分間の電力需要ピーク(最大電力)が1年間を通じての電気基本料金を決めて、電力使用が少ない月であっても電力使用が多かった月を基準にした基本料金を支払っているのです。ですから自社の電力ピークがいつ出ているかを把握し、そのピークをスライドすることで、その月だけでなく1年間の電気料金を下げることができるのです。

 前章で書いた通り、電力会社が削減を求めている「“マクロ”の需要ピーク」と、個々の事業所の「“ミクロ”の需要ピーク」は必ずしも一致していません。ピークスライドの視点を持たずに、電力会社都合のピークシフトに取り組んでも大きな経済的メリットを得ることはできないので注意が必要です。

 「ピークスライド」は「仕事スライド」ですから、利用者側が主体となって知恵を絞って進める必要があります。部分的には電力測定など専門家の助けを借りる必要がありますが、利用者が主体的に進めていけるよう、ピークスライドの大まかな手順を簡単に説明します。ここでは概要の説明に抑えておりますので詳細につきましては、最後の<補足資料>で確認してください。

 まずは電力のピークがどこであるのかを知る為、電力メーターから直接信号を受ける計測器を設置して使用電力を計測し、電気使用量の多い時間帯と電気使用量をリストアップします。だいたいトップ10程度をリストアップすれば十分かと思います。そしてその中でも特に電力値が飛びぬけて大きい日時・電力値に注目し、そのピークをスライドできないか検討します。具体的にはピーク時間帯の電力設備稼働状態を調べます。生産計画をきっちりと立てている会社であればピーク時にどの機械を使っていたかが簡単にわかるかと思います。関係者が集まり、使っている機械の中で、どの機械の使用時間をスライドできるのか、もしくは止めることができるのかを検討していきます。もし生産計画も何もない会社の場合は、機械毎に機械の名前とナンバーを記載したカードを置き、測定データをもとにトップ10に入るようなピーク電力が測定された時にアラームを鳴らし、アラームが鳴った時に動かしている機械のカードを持ってくれば、その時に使用していた機械が簡単に把握できます。

 時々、ピークの測定から何をスライドするか決めるまでを業者に丸投げする事業者がいるようですが、ピークの時間帯に利用している設備のうち、どの設備の利用をスライドできるのか判断ができるは現場の当事者だけです。「ピーク時間帯に空調を止める」等のような表面的なピークカットにならない為、業者任せにせず、お客様主体で仕事のやり方を見直し、仕事スライド手法を検討し、作業効率の低下を招かない対応をすることが重要です。

図6:電力トップ10


出典:にちほシンクタンクにて作成

図7:設備毎のピーク時間帯の使用状況


出典:にちほシンクタンクにて作成

「万が一のための非常ブレーキ」

 色々工夫をしてピークスライドを計画し実行しても、1年の間に一度も失敗せずにやれるかというと、現実的にはなかなか難しいことです。
  私の知っている熱処理工場でのことです。熱処理の炉は、一旦冷やすと再度立ち上げる際に長い時間と大きな電力を要するため、殆ど年間を通じて連続運転するものです。しかし正月などは工場を休みにするためその間は炉を止めます。従って、正月明けの機械再稼働時にピーク電力が発生しますが、その工場の社長さんはさすがにそのことをご存知で、一斉に電源を入れないよう従業員に指示も出していました。休み明けに従業員は指示通り順番に電源を入れていったのですが、うっかり直前の機械のスイッチと重なったタイミングでスイッチをいれてしまったらしく、そこでピークが出てしまったのです。そのピークは電力会社からの2月度の請求書に表記されており、高い請求金額を見ても寒い2月のエアコン代と解釈されました。実は、この工場の電力会社の検針日は毎月5日であり、年始稼働開始日は6日だったため2月度切りで請求されたことが後になって分かりました。

 このように、いくらピークに気を付けていても失敗は起こり得るものです。ですから例えそういった失敗があったとしても、電力ピークが出ることを防げるような、車の世界で言う「非常ブレーキ」を予め手配しておくことも重要です。電力ピーク計測器の最大電力予測機能を利用して、目標電力に達する前に、生産や営業に直接関係しない設備、例えば事務所や倉庫のエアコンなどを一時的に停止する装置を設置しておくのです。通常はピークスライドを計画的に行うことによって電力は抑えられますが、この熱処理炉の再立ち上げ時のミスのように、1年のうち、たった30分の間違いが年間を通じた基本料金を上げてしまう可能性もあり得ます。ブレーキのない車では安心して道を走れないように、電力使用にも非常ブレーキは必要ではないでしょうか。

 社員の心理面から考えてみましょう。委託管理している業者のピークシフト対策によって事務所の空調設備が勝手に止められたら、社員は暑くて文句を言うでしょう。しかし、会社の仕事の実態を分析して、それに沿って、どの機械をスライドさせるかを会社として計画したにも拘わらず、計画通りに行かずに失敗してピークが出てしまった時に非常ブレーキがかかり、生産や営業に影響が少ないエアコンが一時停止になったとしても、社員は納得して暑さを我慢しようとするのではないでしょうか。このように、ピークスライドは他人任せにせず、仕事をしている当事者が計画を立て、それを実行していくことが大切です。更に最大電力予測機能付きの電力ピーク計測器が監視し、不測の事態で最大値を超えそうになったら事前に非常ブレーキをかける、こうすることで、ピークスライドによる節電・省マネーの仕組みが盤石になるのです。 

「余裕を見た電力契約は不要」

500kW以上の大口契約の場合、ピーク電力が契約電力を超過すると電気代で違約金が取られます。(超過分×基本料金単価×1.5)
  その為、違約金を取られないために、少し多め(20~30kW程度)の契約している企業が多いようです。
現場の担当者の立場では、違約金が発生したら自分の失点になる、ということもありますが、バブルの時代には操業拡大、設備拡大一途の連続でしたから少し大きめの契約をしておくことは賢明な選択でした。しかし、現代はかつてのような右肩上がりの時代ではありません。測定結果をもとに設備稼働状況を分析し、仕事のやり方、つまり仕事スライドをしていれば、そうそう契約電力を超えるようなことはないと思います。更に現在では非常ブレーキも付けて契約した最大電力を超えないようにすることができます。ですから大きい契約は全く無意味です。あくまで実態に則したぎりぎりの電力契約で十分ですので、余裕を見た契約をしていないか契約内容を確認することをお勧めします。

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目次

川合 善大

経営戦略家。株式会社にちほシンクタンク、にちほエコ株式会社や株式会社日本電気保安協会などを傘下にもつ、にちほHD(Nichiho Holdings) CEO。 また社会福祉法人 七施 理事長として認可保育園を経営。 著書に「3%の経営発想力」、「儲ける社長の『頭の中』」、「利益を生み出す逆転発想」などがある。

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